2015年05月08日

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン


あとがき その5


月刊誌発行による赤字をサラ金からの借金で自転車操業を繰り返し、いつ倒産してもおかしくない状況を克服したのは多くの方々の支えがあったからである。


宿命に生まれ 運命に挑み 使命感に燃えるという小渕恵三元総理の直筆の額が筆者の書斎に稲嶺一郎先生の動2等の写真とともに飾られているが、どこかで同じ思いを感じていたのである。


23年間の雑誌づくりは、借金まみれの連続で経済的には厳しい連続であったが、4、5千人に及ぶ人々とは座談会や、インタビューを通して交流があり、このすばらしい人々との出会いは、金に換算できない貴重な財産を築くことが出来た。


また、沖縄経済の自立発展に多大な貢献をしている数多くのプロジェクトに、雑誌の特集などを通じて直接かかわりを持つことが出来た充実感が、これまでの苦労を一掃してくれたという満足感というか、達成感を味わうことが出来るのもマスコミに半世紀にわたって身を置いたものの天職と断言できる。


この「仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン」と題する本を上梓することになったのは、偉そうにしているという思いあがった発想からではなく、現在のところ、第1章から第6章までの具体的内容については、仲里嘉彦個人の構想にすぎないからであることをご理解頂きたい。


どうか、この著書が沖縄県民の将来展望に向けての、議論の「夕タキ台」として活用して頂くことが出来れば、それに勝ることはない。


平成2511月3日

 仲里嘉彦

(仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン「第7章」より)

                                      
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2015年05月07日

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン


あとがき その4


また、この北海道苫小牧東部開発のほか、青森県むつ小川原開発計画、鹿児島県の新大隅開発計画などについても、昭和5711月3日に発行した筆者の「沖縄の夜明け」と題する本にも紹介するなど、東京での新聞記者時代に実際に視察したり、または新聞やテレビを通じて多くの知識を吸収し、それが蓄積されて、数多くのプロジェクトに関する構想を生み出す源泉となっている。


さらに、稲嶺先生は満鉄初代総裁の後藤新平を大変尊敬されていた。


筆者も後藤新平を日本の政治家で最も総理にしたかったほど、政治手腕のある人物として高く評価をしていた。つい最近ある雑誌の特集においても、47都道府県を代表する人物について後藤新平は、総理大臣を歴任された斉藤実をおさえ岩手県代表にあげられたのである。稲嶺先生も多分に後藤新平のスケールの大きい構想を常に頭で描き、これがヨーロッパ旅行で実践されたものと思われる。この稲嶺先生のスケールの大きな発想から、筆者は多くを学ぶことが出来た。


筆者は昭和58年6月に月刊「自治新報」を創刊し、最終号となった225号の発行は、平成18年1月であるが、この23年間は、時には使命感に燃え、また時には宿命を背負っているというまったく相反することの連続の日々であった。


社会の公器たるマスコミ人として雑誌づくりを通して論陣を展開することによって、沖縄県の経済的自立発展に尽くしたいという使命感に燃え、毎月月刊誌の発行に取り組んだのであるが、月ごとに借金が増える中で、この使命感が真逆の宿命に陥ることの繰り返しの連続であった。


(仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン「第7章」より)

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2015年05月01日

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン


あとがき その3


この著書では、沖縄で過去に議論されたりしたことのない、巨大プロジェクトを、いくつもかかげた奇抜な発想の人間は、過去どのような経歴の持ち主で、どのような思いで大胆な発想に基づいて本を発行するに至ったかを、ある程度読者にご理解を頂きたいがために、敢えて異例とも思える長文のはしがきとなり、さらに序章または第7章の「わが人生の恩師との交流録」になったのである。従って、それらの文章の行間から、筆者が具体的な取材活動を通じて、どう愛郷無限の精神が培養されたかを読み取って頂きたいがためである。


筆者は、復帰前に、アルコアという世界最大規模のアルミ製錬一貫メーカの琉球政府への外資導入許可申請書の提出がきっかけとなり、外資導入こそは沖縄自立発展の唯一の道という信念に基づき沖縄への特派員として取材したことから、愛郷無限という郷里沖縄に対する一途な筆者の思いは、培養されていったのである。


その沖縄に対する熱い思いは途切れることなく燃焼しつづけ、今日に至っているのであるが、その思いも具体的な新聞記者または雑誌記者として、行動してきたことが、はしがきまたは序章に記述されており、筆者の経歴をある程度ご理解を頂いた上で、第1章から第6章までの沖縄自立発展に向けての、プロジェクトについて読んで頂きたい。


このような発想が、どのような背景があって生まれたかについて、簡単に説明をすると、田中角栄が総理大臣時代に、発表した日本列島改造論華やかし頃に、わが国における巨大プロジェクトとして計画されたのが、開発規模1万ヘクタールという、北海道苫小牧東部開発であり、筆者も北海道視察の際、候補地を見学したことがある。


(仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン「第7章」より)

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