仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン
あとがき その5
月刊誌発行による赤字をサラ金からの借金で自転車操業を繰り返し、いつ倒産してもおかしくない状況を克服したのは多くの方々の支えがあったからである。
宿命に生まれ 運命に挑み 使命感に燃えるという小渕恵三元総理の直筆の額が筆者の書斎に稲嶺一郎先生の動2等の写真とともに飾られているが、どこかで同じ思いを感じていたのである。
23年間の雑誌づくりは、借金まみれの連続で経済的には厳しい連続であったが、4、5千人に及ぶ人々とは座談会や、インタビューを通して交流があり、このすばらしい人々との出会いは、金に換算できない貴重な財産を築くことが出来た。
また、沖縄経済の自立発展に多大な貢献をしている数多くのプロジェクトに、雑誌の特集などを通じて直接かかわりを持つことが出来た充実感が、これまでの苦労を一掃してくれたという満足感というか、達成感を味わうことが出来るのもマスコミに半世紀にわたって身を置いたものの天職と断言できる。
この「仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン」と題する本を上梓することになったのは、偉そうにしているという思いあがった発想からではなく、現在のところ、第1章から第6章までの具体的内容については、仲里嘉彦個人の構想にすぎないからであることをご理解頂きたい。
どうか、この著書が沖縄県民の将来展望に向けての、議論の「夕タキ台」として活用して頂くことが出来れば、それに勝ることはない。
平成25年11月3日
仲里嘉彦
(仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン「第7章」より)