2012年05月19日

沖縄の経済振興に協力する本土企業その103

沖縄の経済振興に協力する本土企業その103

日新製糖株式会社那覇出張所


所在地 沖縄県那覇市西2−1−1

   所長 松 元   巌

日新製糖は,昭和
25年に創業を開始した会社である。


同社は,東京深川豊洲に国際級の近代化工場を有している。


同工場は,東京湾に面しているため,原糖輸入には最適であるほか全国に通じる海陸の輸送機閑をフルに活用できる理想的な位置にある。


日新製糖は,昭和
25年創業以来たえず,規模の拡大,設備の近代化を行ない業界では常に最新鋭の工場として注目されてきたが,いままた現代化学工業技術を結集して,最新の機械設備を開発導入,徹底的な合理化と規模の拡大をみた。


これにより名実共に国際級の大工場となり工場規模においては日本一,設備においてはオートメ化によって小人数によるコントロールが実現した。


日新製糖は,昭和
29年に沖縄に駐在事務所を開設して以来沖縄の製糖業とは密接な関係を持っている。


とくに同社は,中部製糖の大株主として資本及び販売提携を結んでいるほか,県経済連及び伊江村農協製糖工場と販売の面で提携関係を結んでいる。


なお日新製糖の沿革については概要次の通り。


昭和
256   現社長森永為貴氏を代表取締役として会社創立


昭和
2511  豊洲工場日産能力124トンで操業開始


昭和
266   豊洲工場日産能力245トンに工場能力拡充


昭和
279   豊洲工場日産能力517トンに増設


昭和
293   豊洲工場日産能力620トンに増設,工場単位全国第2位の代表的大型工場となる


昭和
306   イオン交換樹脂装置の研究に成功し採用


昭和
3011  公共性と信頼を確立するため株式公開


昭和
315   炭酸飽充法採用


昭和
326   エッシャーウイス式連続遠心分離機を設置


昭和
346   琉球農連と提携成立,第2工場を分蜜糖化製品の販売権を獲得


昭和
3410  マラヤに当社,三井物産,現地商社(Kuokbrothers CoLtd)の三者で共同合弁製糖会社MSMMalayan SugarManufaccturing CoLtd.)を設立


昭和
3412  琉球農連,三井物産,丸紅と提携,農連第一工場を分蜜糖化製品販売権獲得


昭和
354   ハインレーマン完全自動製品分離機設置


昭和
3610  株式を東京証券取引所第2部市場に上場


昭和
377   日本で最初の砂糖小袋完全自動計量包装機の開発に成功


昭和
385   資本金を22,500万円に増資


昭和
387   資本金を52,500万円に増資


昭和
394   琉球農連第一工場は西原製糖と統合し中部製糖発足,経営に参加


昭和
404   388月粗糖自由化を乗切るため,販売体制を一新,三代理店制度を採用,三井物産,丸紅,東新産業と契約


昭和
406   豊洲工場の第一次合理化増設完成,日産能力は1,026トンとなる。新たにパルスベッド脱色装置設置


昭和
413   砂糖の新しい輸送方法,製品バルク輸送設備完成


昭和
4110  豊洲工場の完全合理化を目指し,第二次合理化完成日産能力は2,004トンとなり,濃縮缶,30s大袋自動計量包装設置


昭和
4311  フロスト生産設備完成


昭和
4711  資本金を85,000万円に増資する


本 社 東京都中央区日本橋小網町
23

資本金 85,000万円  従業員 800

(沖縄産業経済新聞社社長仲里嘉彦)


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2012年05月18日

沖縄の経済振興に協力する本土企業その102

沖縄の経済振興に協力する本土企業その102


関西汽船株式会社那覇支店


所在地 沖縄県那覇市西2−1−1

   支店長 佐 藤   明

関西汽船は,大阪商船,摂陽商船,宇和島運輸,尼崎汽船部,土佐商船,阿波国共同汽船,住友鉱業の
7社は太平洋戦争の突入直後の昭和175月,内海航路の一元化という国家的要請をうけて創立された。


同社では,創業と同時に継承した大部分の船舶が国家使用となり,その大半を戦時に失って終戦となった。


戦後は,またきびしい占領管理の下におかれ,戦時補償の打切りなどもあって苦難の道をたどった。


昭和
214月に瀬戸内海航路の自営を開始し,戦後の混乱期にあって種々の悪条件を克服して,航路および船舶を整備増強し,瀬戸内海航路を交通,観光の要路として育成開発するとともに,内海,沿海に貨物航路を開設し,また近海の貨客航路および外国航路にも進出する体制を整えた。


昭和
254月のGHQ指令により,同年8月邦船5社に対し,沖縄一阪神航路の開設が許可され,運賃同盟が結成された。


関西汽船は,昭和
26710日,運貸同盟に加入し,71日建新興丸が第1船として就航した。


261014日来襲のルース台風により,当時,同航路に就航中の白竜丸(商船),金星丸(山下)の2隻は慶良間列島において,白山丸(日本海)は鹿児島においてそれぞれ遭難(座礁)事故を生じ就航不能となり,また白雲丸(商船)は引揚者の輸送に従事していたが,同盟各社協議の上,とくに船客輸送対策として関西汽船を早急に配船するよう要請をうけた。


2611月大阪一沖縄線は,阪神一琉球急行線と改称(26111日)して貨客定期を実施し,改装した黒潮丸が就航(月間3便)した。


その後改装を完了した那智丸を加え,
2隻が就航して月間6便となり,阪神,名瀬間は内地航路免許となった。


なお,黒潮丸は,当初鹿児島折返し運航であったが,その後定期を
1部改定し鹿児島を不寄港として大阪まで追航した。


関西汽船は,現在阪神一那覇航路に
5,000トンの黒潮丸を5日,1往復で就航している。


また,そのほか沖之島丸(
3,000トン)が週1往復で月間1万名を輸送している。


関西汽船としては,沖之島丸の代船として現在建造中である若潮丸(
5,500トン―定員1,280名)を今年7月から就航させる。


関西汽船は,現在運輸省に対し東京一沖縄間の新規航路の申請をしているが運輸省よりの許可のおりしだい同航路に就航の予定である。


現在東京一沖縄間には琉球海運,大島運輸が就航しているが,関西汽船の就航が実現すると
3社が東京一沖縄間に配船することになる。


なお,関西汽船としては,昭和
50年に開催される海洋博までの期間沖縄への観光客は,急激に増加するとの判断から海上輸送面の強化策を打ちたてている。


その一環としてすすめているのが現在の沖之島丸(定員
800名)に変って今年7月から登場する1,280名定員の若潮丸であり,また運輸省の許可のもとに新規航路として就航する東京一沖縄航路であり,海洋博開催期間においては大型クルーザのチャーターを含めた輸送対策を練っている。


本 社 大阪市北区宗是町
1

資本金 36億円 従業員 2,081

(沖縄産業経済新聞社社長仲里嘉彦)


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2012年05月17日

沖縄の経済振興に協力する本土企業その101

沖縄の経済振興に協力する本土企業その101

全日本空輸株式会社沖縄営業所


所在地 沖縄県那覇市久茂地
311

   所長 横 山   巌

全日空は,昭和
48年度を初年度とする52年度までの5カ年計画の策定をすすめている。


この基本構想によると幹線部門においては需要増大への対処と空港輻輳緩和のため,
B727200178席)からロッキードL1011・トライスター(最大345席)への転換を図り運航便数は現状程度にとどめる。


また,大阪一札幌線を通年運航とするほか,福岡一沖縄,福岡一札幌線を開設する。


ローカル線については,空港の整備拡充にあわせ積極的にジェット化を推進する。


大阪発着便を
B737115席)からB227200178席)へ,さらに就航が可能となった場合には,トライスター(最大345席)へ大型化して便数の増をおさえるほか東京から直行化(ビームライン)を推進する。


大阪と北海道および東北を結ぶ北方路線の開設をすすめるなどとなっている。


これらの構想によって計画をすすめると新
5カ年計画の最終年度である昭和52年度の全日空の運航規模は,路線数66,路線キロのべ45,000キロ(47年度の1.2倍)1日の運航便数は506便となり,便数にしてわずか24%増にとどまるが,1日の提供座席数は2.3倍の約10万席,座席キロは年度合計2703,000キロと47年度の2.5倍に達し,便数をおさえながら大型化による大幅な輸送力の増強が達成できるとしている。


年率
22%で増加する全日空の旅客需要に対処するため,幹線,ローカル線とも旅客利用率70%を目標として輸送力の増強を進めていくと昭和52年度の必要機材は,トライスター28機を含め,ジェット機合計69機となり,プロぺラ機20機を合わせて機械総合計では89機となる。


従って
4852年度までの5カ年間でジェット機は31機の増となるが,一方プロペラ機は,ローカル空港整備の進捗にしたがい19機が順次引退するため,結局機材合計では,5カ年で12機の増機にとどまる。


これによって昭和
52年度には,幹線のみならず,一部の主要ローカル線にもトライスターが就行するが,ローカル線のジェット化も進み,大量高速輸送時代ににふさわしい陣容となる。


全日空が沖縄線を開設したのは昭和
369月で当時はF27・フレンドシップのプロペラ機で週2往復であった。


その後,
403月には鹿児島,奄美大島経由で週1便,4110月にはYS11・オリンピア機(60席)に切り換え434月にはバイカウント828型機(68席)になり週6便となる。


さらに同年
7月には週1便で大阪,沖縄間を就行させる。


44
9月には,全機材をこれまでのプロペラ機をボーイング737のジェット機に切り換える。


474月には,大阪,沖縄間が11往復となり,475月には待望の東京,沖縄線を開設(ボーイング727)された。


昨年
10月には名古屋,沖縄線が11往復で就航する。


今年
8月には福岡,沖縄線が開設する予定。


さらに,昭和
50年に開催される沖縄国際海洋博覧会に向けて大量輸送体制を新5カ年計画の中で計画しているので海洋博に向けての輸送体制に万全を期したいとしている。


また,海洋博との関連で全日空としては,宿泊施設面でも積極的に取りくんでいきたいとしている。


本 社 東京都千代田区霞ガ関
325

資本金 200億円  従業員5,711

(沖縄産業経済新聞社社長仲里嘉彦)


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