2013年08月09日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その587)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
587



長いようで短かった


長いような短いようなこの5年間であった。

昭和
40年1月の第1回佐藤・ジョンソン会談、同年8月の佐藤総理の沖縄訪問、そして4211月の第2回佐藤・ジョンソン会談、そして、今回の沖縄返還の最終的合意のための佐藤・ニクソン会談である。


私は佐藤内閣成立以来、沖縄問題を担当してきたものの1人として、この会談に、いわばすべてをかけたとさえいわれる、つきつめた佐藤総理の胸中がわかるような気がする。

沖縄返還の実現、それは戦後処理の終着点であり、新しい
70年代の日本の出発点でもある。

1億国民の新しい歴史の第1ページが開かれるともいえる出来事である。

涙が静かにほおを伝わる。気が弱いわけではない。思いつめた涙である。


顔を暗い飛行故の窓によせる。

そして自分の涙を意識すると、突然、もうひとつの私の心が反発して、最近の東京の街は涙がかわいているな、最近の学生は眼がつり上がっていて、ドライだな、ほんとうは涙にうえているんじゃないか、人間らしい、清らかな感動がほしいんじゃないかな、などと反問してくるのである。


われにかえると、ホノルル着陸のアナウソスである。ハワイの夜景はほんとうに美しい。


⑵ ヮシントン・ハイライト


1119日午前10時からホワイトハウスの前庭で行われた佐藤総理を迎える歓迎式は、なんといってもすばらしかった。

礼砲がとどろき、日米両国歌の吹奏される中を整列して、両首脳が壇上に立たれる。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



posted by 春夏秋冬 at 07:04| Comment(0) | 仲里嘉彦の自叙伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月08日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その586)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
586



今や日本は、自由世界第2位の経済力を誇る地位を築き、国際的地位も向上しつつある。

佐藤総理が沖縄でいわれた名文句を裏返せば、沖縄と北方領土の返還を除いては、わが国にとって戦後は終わったといえるまでになったのである。


四半世紀、長い長い道のりであった。


過激学生らと歴史


戦後
25年の歴史をふまえて、1億国民の悲願を達成すべく、沖縄返還という歴史的課題を解決するための佐藤・ニクソン会談、このための渡米を阻もうとして過激な行動を企図した1部の学生、青年の行動は、大部分の国民には理解できないであろう。


近ごろの、反体制を唱えて不法な行動をくり返す1部学生は、体制を打破してどうしようというのか。


国家生活、社会生活の基礎である政治、行政には、本来、試行錯誤は許されないはずだ。

あとに続く体制を予約しないで、これを破壊することは、無政府主義者ならいざしらず、革命至上主義としかいいようがない。

彼らは新憲法下の民主主義体制の価値を真に理解しているのか。

彼らは今日を築くための国民の苦闘の歴史にどれほど実質的に参加してきたのか。

歴史というものの価値と重さをどのように感得しているのか。

単に、イデオロギー的に、観念的に、現体制の打破に青春の熱情を燃やしているにすぎないのか。


せまりくる夕やみの空の中に、青年の悩みを思い、わが心のいらだちとあせりとが重なり合って、ともにむなしく消えていくかのようである。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



posted by 春夏秋冬 at 07:26| Comment(0) | 仲里嘉彦の自叙伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月07日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その585)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
585



◎新しい歴史の第1ページ


佐藤総理の渡米に同行して(「今週の日本」昭和
4412月7日)


⑴ 太平洋に感あり


私は佐藤・ニクソン会談に参加する渡米団一行の一足先、
1115日にロサンゼルス経由でワシントンに旅立った。

海も空も青々として、はるか下の方に点々と見える浮雲が、太平洋の静けさを、文字どおり平和な海を物語っていた。


太平洋を東に飛ぶとき、時差の錯覚がはじまる。

羽田を
15日正午に出発したはずが、ホノルルには前日14日の午後1130分に着き、ロサンゼルスには、羽田を発った時間より早く、15日の午前7時50分に着くのである。

なんの変哲もないことであるが、大げさにいえは歴史が進行するような錯覚に陥るのが、私のつねである。


ミッドウェーの上空


ミッドウェーの上空を通過するときには、昭和
17年6月はじめ、あの太平洋戦争の死命を制したミッドウェー海戦を思い出した。

凄惨な大海戦のとき、私は航空母艦赤城に乗っていた。赤城、加賀、蒼竜、飛竜が被爆、炎上、沈没する中を、駆逐艦嵐に助けられ、太平洋を一路、西に全速で走って帰った――あの長い、悲憤の航海を、まるで絵巻物を見るように回想した。


戦後
24年が過ぎ去った。思えは戦後10年間は国民のすべてが、廃墟の中で敗戦の贖罪でもするかのように働きつづけた。

そして、われわれは戦後の日本再建の端緒をつかむことに成功した。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



posted by 春夏秋冬 at 14:17| Comment(0) | 仲里嘉彦の自叙伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。