2013年08月12日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その590)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
590



プレスクラブで


つづいて、愛知外務大臣の共同コミュニケの解説が始まる。

総理はナショナル・プレスクラブ主催の午餐会に出かけられる。

テレビ中継は続く。私の頭には、一度にいろんな想念が交錯して興奮気味である。


そういえばナショナル・プレスクラブでの総理のあいさつ、それにひきつづく質疑応答もいちだんとさえていたようである。


私が感心したのは、外人記者クラブの諸君が、日本の総理大臣に対する敬意を忘れず、ゆとりのある気持ちで総理を迎えていたことである。

質問の中に「今回、沖縄問題が決着したことを背景に、総理は国会解散の機が熟したと感じるか。

しかりとせば、その時期いかん」というのがあった。

これに対して「解散の時期は、核兵器があるとかないとかがトップ・シークレット(重要機密事項)であるのと同様で、申し上げかねる」と総理が答えると、一同、笑いのうずとなる。


また、「日本は極東における経済権益を保持するため軍事的役割を増大するか」 という質問に対しては、「日本はいま、エコノミック・アニマルというありがたくない呼称をうけているが、これが変じてミリタリー・アニマルになるようなことがあっては大変だ。絶対に避けたい。

日本は軍事力をもたず、経済力によって米国と協力して平和に貢献したい。

経済援助を行えば、これを受ける国を安定させ、共存共栄の道を歩かせることになる。

これこそ平和に徹する日本の道だと信ずる」という総理の平素からの信念が自然に流れでる感じである。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



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2013年08月11日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その589)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
589



あすは経済問題について話し合われる」といった、きわめて簡単なものであったが、沖縄問題について、第1回会談で決着がついたということで、記者諸君はほとんど大勢を察したかのようである。

われわれも、ほっとした感じであった。


2回目の経済問題についての会談も順調に終わり、いよいよ
21日、共同声明発表の朝である。

ワシン
トンの空は文字どおり日本晴れで、ブレアハウス(迎賓館といったところか)をでられる総理の顔も明るく、儀典長と立ち話をされるほどの余裕がみられる。


まさに歴史的瞬間


第3回会談が終わって、
11時から12時まで総理の記者会見が行われた。

総理の冒頭発言は「ただいま終わりました3日間にわたるニクソン大統領との会談を通じて、沖縄が
1972年中にわが国に返還されることに基本的な合意をみたことを、まず国民のみなさまにご報告いたします」に始まり、核ぬき、本土並み、1972年返還というわが国の主張がつらぬかれたこと、したがって、返還後は沖縄の基地は安保条約による施設、区域となり、米軍の兵員は地位協定により本土におけるとまったく同様の立場におかれること、総理とニクソン大統領はこの機会に日米安保条約堅持の意図を相互に明らかにしたこと、さらに韓国および台湾に対する武力攻撃が発生した場合のわが国の態度について述べられ、そして最後に、沖縄の本土復帰準備の重要性、国政参加の実現の必要性に言及され、豊かな沖縄県をつくるために、政府を挙げて努力するとの決意を披瀝されて終わった。

まさに歴史的な瞬間であった。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



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2013年08月10日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その588)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
588



ニクソン大統領の歓迎のあいさつ、日米友好協力の必要性を説き、ポトマック河畔の桜の花のことにふれ、「花の下では他人はない」という日本の言葉を引用して、今回の会談が必ず成功するだろうと結ばれる。


つづいて、佐藤総理のあいさつ、ニクソン大統領が歴代大統領の中でも、6回も日本を訪問されて日本を十分理解されていることにふれ、社会体制を同じくし、共通の価値観を有する両国間の話し合いが、必ずや世界の平和と発展に貢献すると結ばれた。


感銘の総理あいさつ


佐藤総理のあいさつは力強く、とくに、感銘的であった。私は
1967年の第2回佐藤・ジョンソン会談の際の歓迎式にも列席したのであるが、今回の歓迎式の方がいっそうスマートで、かつ印象的であった。

とくに今回は、あいさつの前、両首脳の閲兵に続いて鼓笛隊が行進したのが色どりをそえて式典を引き立たせた。

式が終わって、ホワイトハウスに入り、日本側一行が大統領に紹介されたとき、私はニクソン大統領の顔が薄くドーランででもメーキャップしてあるように見たのであるが、私の見まちがいであったろうか。


そして、ひきつづき第1回会談が始まったのである。午後零時半ごろ、第1回会談の内容について、木村官房副長官の記者会見が行われた。

その待ち遠しかったこと、発表の内容は 「本日
1030分より約1時間40分にわたって、両首脳会談が行われた。

会談は友好的、建設的であった。

本日の会談内容は共同声明の中で発表される。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



posted by 春夏秋冬 at 07:26| Comment(0) | 仲里嘉彦の自叙伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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