2013年08月18日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その596)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
596



かつて私が沖縄を訪問した際、「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって戦後は終わらない」と申しましたように、沖縄の施政権返還問題は、政治の最高責任者としての私にとっても最大の課題であったのであります。

私は、日米首脳会談を終わったいま、ただ感慨無量であります。


今回の沖縄返還についての日米両国の合意は、過去四半世紀にわたる日米両国の友好と信頼、理解と協力があってはじめて達成された成果であり、同時に、これは将来にわたって日米両国の協力関係が不動のものであることを実証してあますところがないと思うのであります。


さて、
1972年に沖縄を日本に返還するという合意ができた以上、今後は本土、沖縄双方が相協力し、全力をあげて復帰準備に万全を期することが大切であります。


まず、沖縄の施政権を日本がゆずりうけるためには、沖縄の返還協定をはじめ、今後、日米間で話し合わねばならない数多くの問題がありますが、これらは日米の外交ルート、沖縄に関する日米協議委員会および、今後、沖縄に新設することにしている高等弁務官および日本政府代表よりなる機関を通じて解決して行くこととなることは申すまでもありません。

大切なことは、沖縄内政上の問題であります。

なんといっても
25年間、米国施政下におかれてきた沖縄は、本土の県市町村と比較して制度面で大きな相違があるのみならず、内容において、その行政および住民福祉の水準に大きな格差があります。

これを近々2、3年のうちに立派な沖縄県の県づくりをし、行政および住民福祉の水準を本土並みにして迎え入れることは容易な事業ではありません。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



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2013年08月17日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その595)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
595



もっとも私自身は、日本はあくまで独立国家として存続すべきだと思うし、自らの国は自ら守る、外敵の侵入に対しては断固として戦うという意見であることはいうまでもない。


思えばこの5年間、沖縄問題を担当してさまざまな経験と勉強を重ねてきたが、いざ沖縄が2年後に返還されることがきまってみると、歴史にひとくぎりついたという安堵感と、沖縄
100万住民の方々の今後を思うと、これからが大変だという感慨が重なって、めずらしく物思いにふけることが多かった。


佐藤総理がワシントンで発表した「沖縄
100万同胞に贈る言葉」は、私に草案をつくるようにいわれて筆をとったものであるが、佐藤総理と沖縄の人たちの心情を察しつつ、私の心をこめて綴った文章の1つだと思っているので、あえて次に掲げたい。


◎沖縄
100万同胞に贈る言葉(昭和441121日)


沖縄
100万同胞のみなさま


私とニクソン大統領との会談の結果、沖縄県民の皆様をはじめとするわが国全国民の念願でありました沖縄の祖国復帰が、
1972年中に「核ぬき、本土並み」という国民の総意にそった形で実現することになりました。

復帰のための努力を続けてこられた沖縄県民各位の強いご支援のたまものであります。


沖縄の祖国復帰は申すまでもなく第2次大戦後四半世紀にわたって、本土・沖縄の一億国民がいだき続けてきた民族的悲願でありました。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



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2013年08月16日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その594)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
594



佐藤さんには、私のいくところはほとんど同行してもらって、彼の名通訳で大いに助かった――ライシャワーさん、何かの話のついでに、「ところで山野さん、日本の人は、日本を防衛するための軍備をもつことに大変アレルギーをもっておられる。

これは私の冗談としていうのですが、それなら日本はアメリカの一州になったらどうですか。

防衛は米国が責任をもつので、日本人は大嫌いな軍備をする必要はまったくないじゃないですか。

おまけに、アメリカは多民族国家、複合国家ですが、日本がアメリカの州になれば、民族としては最大の人口になるわけですから、いつの日にか日本人のうちからアメリカ大統領が生まれるかもしれませんよ。

少なくとも、その可能性はありますね」といわれたので大笑いになった。


話は数年前のことになるが、森嶋通夫ロンドン大学教授が、「中央公論」に「ソビエトが日本に侵攻してきた場合には、武器をとって勝ち目のない無謀な抵抗をするよりも、白旗と赤旗をかかげて降服する道を選ぶべきだ。

日本は第2次大戦に負けて米国の占領下におかれても、今日の日本社会をつくり上げたのだから、たとえソビエトに占領されたとしても、日本独自の社会主義国をつくることができる」という趣旨の論文をのせて話題になったが、その時、私は、ライシャワーさんが冗談で私にいわれたこの話を、実感をもって思い出したのである。

日本人ははたしていずれの道を選ぶであろうかと。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



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