2013年08月21日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その599)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
599



それにつけても、佐藤内閣誕生以来丸5年間、時に激論をかわしつつも、終始、この沖縄返還をめざしてスクラムを組んできた吉田嗣延さん(南方同胞援護会事務局長、現沖縄協会事務局長)、末次一郎さん(基地問題研究特別委員会事務局長、現新樹会代表幹事)はもとより、総理府特連局の諸君、加藤泰守総理府参事官(元沖縄開発庁事務次官)、岸昌沖縄事務所長(現大阪府知事)、教育権返還当時の林忠雄特連局総務課長(現自治医大理事長)、降矢時雄(現環境衛生金融公庫監事)、亀谷礼次(現沖縄開発庁事務次官)、及川謙三(現地方財務協会理事)援助業務課長など、外務省では安川壮、東郷文彦両北米局長、中島信之、大河原良雄(現駐米大使)両参事官、枝村純郎、千葉一夫の両北米課長、佐藤嘉恭同課長補佐(現経済局参事官)、佐藤行雄事務官(現駐英大使館参事官)など数えあげたらきりのないほどの先輩、同僚、後輩と協力して、1つの目的達成のために、ただ一筋に熱中して働いた5年間は、いま思い出しても充実していたし、また、私どもの強い友情のきずなは今も昔もかわるところがない。


さて、この『沖縄返還ひとりごと』は、佐藤・ニクソン会談で終了するわけである。

45年1月16日には、内閣改造によって総務長官として山中貞則さんを迎え、本格的な復帰準備に入るわけであって、山中さんの切々たる沖縄に対する愛情と適切な判断と実行力によって、沖縄の復帰準備は着々と進んでいったのである。

私は5月1日に発足した沖縄・北方対策庁初代長官となった。

そして
1120日の「沖縄復帰対策閣僚協議会」および閣議で「沖縄復帰対策要綱(第1次分)」が決定されたのち、同年1230日付けで退官した。


今回で終了となります長い間ありがとうございました。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



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2013年08月20日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その598)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
598



沖縄の施政権返還について、日米両国の合意が行われたこの記念すべき秋に当たり、私ははるかに沖縄
100万同胞のみなさんに思いをほは、つつしんでごあいさつを申し上げるしだいであります。


沖縄返還をきめた最後の1年間は、基地公害対策、放射能汚染問題、
B52撤去問題、総合労働布令撤廃問題、国政参加問題、沖縄援助費問題など次から次へと生起する諸問題について、屋良さん初め琉球政府各局長、立法院の星克議長初め院代表の方々などの上京されるたびに、総理大臣、官房副長官、総務長官ほか各大臣、ならびに国会関係などとの会談に案内役をつとめなのは私の役目上当然であったが、床次総務長官、鯨岡副長官もきわめて多忙な毎日をおくられた。

床次長官は前にもふれたように古くから沖縄問題に関心をもたれ、沖縄返還に大きな功績のあった人だけに、沖縄返還決定の最終段階にいちばんふさわしい総務長官であった。

鯨岡副長官は人も知る気さくな行動派で、政治感覚もするどく、失礼もかえりみずいわせてもらえば、私とも意気投合して楽しく仕事をさせてもらった。

長い間の懸案であった戦前の郵便貯金の払い戻し問題の片づいたのもこの年であったし、高岡大輔さん(元衆議院議員)の強いすすめもあって、東海大学に依頼して尖閣列島海域の石油資源調査を行ったのも思い出深い。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



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2013年08月19日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その597)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
597



しかし、私は、沖縄同胞のみなさんと協力して、明年度以降、沖縄援助費を大幅に拡充強化し、本土・沖縄一体化の施策を強力に推進し、この難事業の達成を期する決意であることを申し上げたいのであります。


また、沖縄の本土復帰に伴い沖縄経済界には、復帰後の沖縄経済について不安が高まっていると聞いています。

沖縄は長い間、独自の経済単位を形成し、繁栄してきたのでありますが、本土復帰後は日本経済の中に統合され、その一環としての役割をになうこととなるのでありますから、私は当面の措置として、本土復帰に際し、沖縄経済が急激な変動をきたさないよう、沖縄の特殊性を考慮した特別措置ないし過渡的経過措置について検討を加える一方、長期的には日本経済の一環としての沖縄経済の新たな役割を探究し、沖縄の長期開発構想を樹立して、沖縄経済の振興に努力するつもりであります。

また、以上の沖縄の復帰準備施策を総合的、計画的、かつ、強力に遂行するため、明年度において必要な行政機構を新設整備して、これに当たらせる決意であります。


最後に、沖縄の祖国復帰対策を樹立するに当たり、沖縄住民の意思を国会に反映させることの重要性を私は痛感しております。

沖縄の本土復帰のメドが確定した現在、できうる限り早い機会に、国会において沖縄住民の国政参加が決定されるものと強く期待するものであります。


私はこの機会に、琉球政府および沖縄住民の方々が、沖縄の本土復帰にそなえて一致協力して創意と工夫をこらし、あすの沖縄県を築くため、英知を結集されることをお願いするとともに、沖縄の祖国復帰という世紀の大事業が、本土と沖縄の官民一致の協力によって立派になしとげられることを信じて疑いません。


(鰍ャょうせい発行 山野幸吉著書の「沖縄返還ひとりごと」より)



posted by 春夏秋冬 at 07:10| Comment(0) | 仲里嘉彦の自叙伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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