2011年12月05日

国際航空機メンテナンス基地の実現を目指して 座談会その2

国際航空機メンテナンス基地の実現を目指して 座談会その2

太田会頭 昭和30年代後半に、私は事業に失敗し多くの借金をかかえていた頃、日曜などは船を借りて平安座・宮城・伊計島などの離島廻りをしながら、借金取りから逃れ自分の将来に対する夢を描き出すための自分だけの時間を持つように心掛けました。

その当時は、さとうきびを本島にある経済連の向上に搬出するため、干潮時を利用してトラック(アメリカGMC)で搬出しておりましたし、この3離島の住民は船を利用して本島に渡るといった生活を余儀なくされ、離島苦に喘いでいるというのを目の当たりにし、しかも台風や時化になると船の運航も出来ず、日常物資の面でも天候によって調達することが出来ないばかりか、急患が出てもとくに夜間などはその輸送が大変で、人命にかかわるようなことだってあったわけです。

このような離島苦を解消するためには、遠浅で広大な面積を有する公有水面を埋立して、企業誘致を図って離島苦を解消しようという構想を描いたわけです。

当時わが国においては、池田勇人総理大臣によって所得倍増計画が打ち出され、各地方都市に相次いで新産都市が誕生するなど、わが国は高度経済成長を謳歌している時期でありました。

当時、沖縄県は米軍支配体制下のもとで、これといった大型企業は存在せず、雇用の場と離島苦を解消するためには、本土の大企業を誘致することだということで、まず自分の構想をひっさげて三井不動産に話を持ち込みました。

三井不動産との交渉は6ケ月に及びましたが、一向にらちが上がらず、その話を三菱商事に持ち込んだんです。いろいろと協議を重ねましたが、三菱商事では全国に数多くの企業誘致の話が持ちかけられているが、沖縄の場合は採算的に困難であるという結論が出されたんです。しかし、三菱財閥は創業100年の中で、全国民の協力があって今日を築いてきた歴史があり、とくに沖縄は去った大戦によって多くの犠牲を強いられたということに報いるためにも沖縄の地域振興に三菱としても協力を約束してくれました。三菱商事から
三菱石油を紹介され結局石油備蓄基地を建設するということになりました。

私は、当時離島苦の解消と雇用の場を創出するために、どのような企業を誘致するかということを模索していました。あの当時は石油を備蓄するなどという発想もない頃でしたからね。

その当時、アラビア石油が宮城島に、アメリカのガルフ杜が平安座に、又三菱商事はCTSの建設のための外資導入許可申請書を申請し、三菱商事、三菱石油などの三菱グループで設立した三菱開発によって、平安座・宮城間の公有水面64万6,000坪を埋立して、CTSが建設されました。この埋立により平安座・宮城問が陸続きとなり、ガルフ杜によって平安座・屋慶名間に海中道路が建設され、さらに伊計大橋の建設、藪地島への橋の建設、浜比嘉大橋の建設により離島苦解消が図られました。さらに石油備蓄建設とその下請け関連企業の立地により、雇用の場が創設されると同時に、地域活性化が図られていることはご承知の通りであります。

このCTS誘致については、当時の与那城村の中村村長や、赤嶺議長、平良県議をはじめ地域の住民の離島苦解消についての熱い思いがその実現を果たしたといえると思いますが、この誘致問題については、反対運動も激しく、村を二分するという状況でありました。そのCTS誘致に終始かかわりを持ったのが西田健次郎さんです。

このように、CTS誘致にまつわる思いは数多くありますが、その辺で今日のテーマであります国際航空機メンテナンス基地建設構想について提案者として、その背景と計画の概要についてご説明を致したいと思います。

現在、全世界で運航されています旅客航空機は、1万600機だといわれております。ところが2010年には世界の人口の増加に加え、国際化がすすむなかで、航空機需要は年々大幅な伸びを示し、世界の旅客機の必要量は2万機といわれております。ところが、航空機の生産は、ハイテク産業の集積度が高く、量産が困難で年間600機ぐらいの生産しか見込めない状況にあります。しかも現在就航している航空機の4,300機は耐用年数が切れて、退役する事になるため、西暦2010年には約8,000機が不足すると予想されております。

このように、2010年の航空機需要の需給バランスを保つためには、耐用年数が20年といわれている航空機をメンテナンスによって、30年から35年に延命するための専用の整備工場がどうしても必要になってきます。日本航空や全日空、アメリカのボーイング社など自社整備工場を保有しているものの、航空機の耐用年数を延ばすための本格的な整備工場は世界に存在してないのが実情であります。国際的なニーズからしても航空機メンテナンス基地の建設は高いものがあります。

これから21世紀に向けて、国際化が進展する中で大規模な航空機メンテナンス基地を建設する場合の条件としては、地理的な条件と建設コストの高低によって決まってくるものと思います。21世紀には、東南アジアの時代がやってくるといわれておりますように、その発展の可能性は国連をはじめ世界が認めるところであります。そのめざましく発展が期待されている東南アジアの南の玄関口に位置する沖縄は、地理的条件からして最も有利であります。

つぎにコストの面でありますが、与勝半島は水深三・五メートルで遠浅となっており、坪当たりの埋立も10万円以下で可能であり、600万坪埋立するにしても6,000億円程度になるという試算があります。このように、埋立造成コストが安く出来るところは世界のどの地域にもないと思っております。

もう一つは、日米で合意した普天間基地の移設については、県外移設を主張した大田前知事と政府の膠着状態が続き、暗礁に乗り上げた状態となっておりますが、与勝半島の公有水面埋立地に普天間飛行場の移設を受け入れることを前提に、国際航空機メンテナンス基地を建設することを私は提言しているところであります。しかも、その埋立は防衛庁の予算で行うことが最も適切ではないかと思っているところであります。

と言いますことは、本来飛行場の建設は運輸省の所管でありますが、同省は名古屋における中部飛行場の新規建設や関西新空港の第2期工事、成田の新東京国際空港の第2期工事等ビックプロジェクトを抱えており、しかも厳しい国家財政の中で運輸省の新規事業として沖縄に新たな飛行場の建設は困難と言わざるをえません。従って棚上げとなっている普天間飛行場の移設を受け入れることを条件に、国際航空機メンテナンス建設の事業を防衛庁の予算で行うことが最も望ましいと思っているところであります。

この公有水面埋立と関連して食糧・飼料穀物備蓄基地としての港湾も整備し、さらに石油コンビナートも隣接させるここにより地域の振興が図られると考えているところであります。現在、中城湾港新港地区の整備も県事業としては平成12年には完成する予定であるほか、沖縄市が計画している東部海浜開発、西原町、与那原町においてはマリン・タウン・プロジェクトが展開されております。

また、具志川市、勝連町、与那城町、石川市、金武町、宜野座村の6市町村で構成する金武湾開発推進連絡協議会では、平成12年の港湾改定に向けた約3,000億円にのぼる事業の計画が進められているなど、東海岸を一帯としたプロジェクトが目白押しとなっており、東海岸一帯を中心とした事業の展開により、地域の経済振興のみならず、沖縄の自立発展に大きく貢献するものと期待しております。

2011年12月04日

国際航空機メンテナンス基地の実現をめざして 座談会その1

国際航空機メンテナンス基地の実現を目指して 座談会その1

沖縄県は、2012年4月からスタートする復帰後第5次となる沖縄振興計画のたたき台となる沖縄21世紀ビジョン基本計画(仮称)を策定し、万国津梁機構では11月14日から連載しているが、その中では航空機整備基地に関する調査・研究を実施することになっており、その実現を図ることになり、沖縄県における雇用の拡大と高度な技術の取得によるエンジニアの育成が図られるものと期待されている。

この航空機整備基地誘致については、鰹t夏秋冬社発行の月刊「自治新報」1999年1月号で、「国際航空機メンテナンス基地の実現をめざして」のタイトルで特集を行っており、今後の参考に供するため、改めて万国津梁機構のホームページおよび21世紀の沖縄を創造する夢と希望とロマンを追い求める群像のホームページでそれぞれ連載することにした。

なお、国際航空機メンテナンス基地の実現をめざしての座談会には、司会に仲里嘉彦万国津梁機構理事長、出席者は太田範雄万国津梁機構顧問 物流委員長、西田健次郎万国津梁機構顧問 観光・リゾート委員長、宮城辰男沖縄国際大学名誉教授(故人)の出席もとに行われた。

以下は、座談会へ皆様方をご案内申し上げます。

       座 談 会 出 席 者
    太 田 範 雄 沖縄商工会議所会頭
    西 田 健次郎 元沖縄県議会議員
    宮 城 辰 男 沖縄国際大学名誉教授
    司会 鰹t夏秋冬社代表取締役 仲里嘉彦

 ―― 本日は、お忙しいとこう座談会にご出席頂きありがとうございます。

本日は、国益、県益に合致し、国際貢献の上からも、また日米間で暗礁に乗り上げた普天間飛行瑞の移設問題を解決するなどを絡めた「国際航空機メンテナンス基地の実現をめざして」というテーマで、同構想の提案者であります太田沖縄商工会議所会頭を中心に、前県議の西田健次郎氏、宮城辰男沖縄国際大学名誉教授の構成により、実のある座談会になりますようお願い申し上げる次第であります。

ご承知のように、平成10年11月15日に行われました県知事選挙において、深刻な沖縄経済の再生を政策の柱にかかげた稲嶺恵一氏が三選を目指す大田前知事に3万7千票の大差をもって圧勝致しました。

稲嶺新知事は、12月10日の知事就任の翌日の12月11日には、北海道開発庁長官を除く全閣僚と県知事で構成する沖縄政策協議会が再開され、大田知事時代に暗礁に乗り上げていた沖縄振興策について具体的な協議が行われるなど、沖縄の経済再生に向けた取り組みが本格化し、流れは大きく好転するものと県民多数が期待をしているところであります。

とくに、太田会頭が提唱している与勝半島における国際航空機メンテナンス基地建設は600万坪の公有水面を埋立し、そこに同基地建設のための4,000メートルの滑走路を二本建設するとともに、併せてハブ港湾を建設し、食糧及び飼料穀物備蓄基地の建設のほか石油コンビナートなどを含めた壮大なるプロジェクトで、同プロジエクトを実現させることによって中部圏域の活性化のみならず、沖縄県の振興発展の起爆剤になりうるものだと期待されているところであります。

このプロジェクトが実現されることにより2万〜3万の雇用の場が新たに創出されることになると想定されるなど、全国の2倍の失業者をガがえる沖縄県にとって同プロジェクトの実現は雇用の場の創出が図られることになりますので、それらを中心に話題を展開して頂きたいと思います。

本論に入ります前に、太田会頭は与那城町におけるCTS誘致に中心的役割をなされ、離島苦解消と地域経済の活性化に多大なる貢献をされておりますが、まずそこで、CTS誘致にまつわるお話から伺い致したいと患います。

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