2012年01月24日

「胎動する沖縄企業」シリーズ75

「胎動する沖縄企業」シリーズ75

株式会社 琉   信


   本 社=那覇市下泉町
271

資本金=6,160万円(20万ドル)

社 長=外 間 政 幸


株式会社琉信は
19航年917日、琉球銀行12万ドルその他8万ドル、合計20万ドルで設立された会社である。設立当時は信託部門と不動産部門からなり、不動産部門ではとくに分譲住宅関係に力を注いでいた。ところが昨年大蔵省は復帰後の信託銀行専業は認められないとの方針を打ち出したため、親会社の琉球銀行に金銭信託部門を分離譲渡したのは71930日。そして琉球銀行は、普通銀行に信託も併営するという体制を71101日からとることになった。それと同時に琉球信託は101日定款の一部変更を行なって社名を株式会社琉信とした。


琉信は琉球信託時代に長期貸し付け業務のほか、資金額の
20%については不動産部門への投資が琉球政府によって認められていたこともあり、ぎりぎりいっぱいの線で不動産部門に対する積極的な投資を行なってきたが、現在の琉信はこの不動産部門が柱となっている。琉信は現在、分譲住宅を中心として住宅用地の造成などを積極的に進めているが、できれば家庭用建築資材と家庭一般商品販売部門にも本格的に進出する計画である。


同社はこのような考えの一環として
71年、60%出資してつくった琉信興産は住宅部門への積極的進出の現われといえよう。


琉信興産(資本金
7万ドル、社長・真栄城嘉夫氏)は71430日、琉信の子会社、つまり琉球銀行の孫会社として設立した会社で現在はアルミ建材を中心とする資材販売を主体としている。


琉信興産は会社設立とともに日本アルミニウム工業と提携を結び、アルミニウムサッシ、アルミ器物、カーテンウォール、ストアフロント関係および工業製品など日本アルミニウム工業のオール製品を積極的に販売していく考えであるが、このような考えは親会社である株式会社琉信の意向を十分取り入れたものといえそうだ。


同社は沖縄では比較的大きな住宅団地の造成から建て売りを手がけてきたが、引きつづき年間
300戸程度をベースに分譲住宅の建設をすすめていく方針である。


また、その場合、子会社の琉信興産からアルミサッシおよび家庭器物関係一切を購入することにより系列会社の育成を図っていく方針であることはいうまでもない。


琉信としては住宅用地の分譲および建て売り住宅の建設のほか、家庭機器および建築資材いっさいについてもできるだけ自社扱いとして商品の拡大を図っていく方針である。


また、沖縄国際海洋博覧会の開催は不動産会社として収益を伸ばす長大のチャンスとしてとらえ、うまく活用していく方針である。


また、住宅建設資材部門への本格的進出をめざすため、すでに市場調査を実施しているが、採算にあえば鉄筋丸棒、セメント関係も扱っていきたいとしている。


以上、みてきたように琉信はこれまでの信託部門を琉球鍍行に譲渡以降、不動産会社として意欲的な姿勢を示しているが、復帰後に大きな問題をかかえていることも事実で、これをいかに解決していくかが復帰後の課題となろう。


つまり、沖縄が祖国復帰することに伴い、沖縄にも日本の法律の適用を受けることになるが、その場合、銀行は一般企業に対して
10%以上の株が持てないよう独禁法で規制されているからである。


この問題について琉信の大城常務は復帰後ただちに独禁法が適用されることになると現在琉球銀行が持っている
12万ドル(60%)のうち50%をただちに一般に放出しなければならなくなるので問題であるが、われわれとしては日本政府もこのような問題について暫定措置を講じてくれることを期待しているのでその段階で対応策を考えたいとしている。


「胎動する沖縄企業」は、本日をもちまして終了となります。長い間、ご愛読頂きまして誠にありがとうございました。


引きつづき、1月
31日より「沖縄の経済振興に協力する本土企業」を約3ヶ月にわたって連載することになっておりますので、ご期待ください。

      産業新聞社「胎動する沖縄企業」より

                                       仲里嘉彦



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2012年01月23日

「胎動する沖縄企業」シリーズ74

「胎動する沖縄企業」シリーズ74

オリオンビール株式会社


   本 社=那覇市安里
46854

   資本金=29,310万円(95万ドル)

   社 長=吉 田 義 男


 

オリオンビール株式会社は1957518日、資本金45万ドルで設立された沖縄唯一のビール会社である。オリオンビールが設立されるまではほとんど本土からビールを輸入していたが、ビールに関する物品税が当時200%ときわめて高い水準にあったこともあり、一般庶民には全く無縁のものだった。


そこで具志堅宗精・代表取締役会長を中心に地元でビールの製造会社を作りこれによって沖縄経済の発展を図ろうとのねらいからスタートしたもので、現在では年産規模
27,000キロリットルに達し沖縄県内における市場占有率は91%に達している。従業員は本社89人(販売本部を含む)名護工場151人の合計240人で、年間売り上げも1,000万ドルに達する沖縄の有力企業である。


オリオンビールの工場は沖縄本島北部最大の人口を有する名護市にあり、工場敷地面積は約
33,000平方メートル、工場延べ面積は1万平方メートルとなっている。オリオンビールは、これまで琉球政府の輸入酒類消費税という保護措置で比較的事業は順調であったが、515日祖国に復帰することにより、それらの企業運営はかなりきびしいものになることが想定されている。このような事態に対応するため同社はいくつかの合理化計画を推進中だ。具体的には@コストの低減を推進するため1970年から総工事費200万ドルを投入して年産規模8000キロリットルの醸造設備を昨年完成させた。


この最新鋭の設備を建設したことにより、一段と合理化がすすんだとしている。なお、この完成により同社のビール生産能力は従来までの生産能力の
19.000キロリットルから27,000キロリットルに達した。


A組織面における合理化=同社は、これまでビールの販売を担当してきた別会社のオリオンビール販売会社を昨年
12月形のうえでは解散させ、その営業権、従業員を全面的に引き継いだが、さらに流通機構についての改革も実施していきたいとしている。


B品質の改善=同社は現在生ビール作戦を展開中で、すでに同社の売り上げの
60%近くが生ビールの販売によって占められているが、復帰後にはさらにその比率を70%まで引き上げていく方針である。


生ビールは本土からの輸入がむずかしいこともあり、もちろん、その部門においては
100%のシェアを誇っているが、生ビールのシェアを拡大すればするほど企業は安定すると同社では判断している。また同社は経営の多角化を図るため、昨年51日オリオンサイダーの発売に乗り出したが、軌道に乗るのはあと一歩のところだとしている。そのほかにも経営の多様化を図るため現在具体的検討をすすめているが、公表の段階ではないとしている。


オリオンビールが生産を開始したころは沖縄県内におけるマーケットシェアはわずか
20%であったが、現在では91%までそのシェアを拡大することに成功した。これは同社の経営努力もあったが最大の原因は輸入酒類消費税という保護政策によるものである。

現行の輸入酒類消費税
100リットル当たり47ドルとオリオンビールの販売価格26ドルより21ドルも高くついているが、復帰するとこれまでの制度がなくなり、減免措置が講じられることになっている。

このため従来までのような保護措置はとれなくなり、企業経営は復帰後かなりきびしくなってくることが予想されている。ビールなど酒類に関する大蔵省の減免措置については一応
5カ年としているが、減免の幅などについては、これから政令できめることになっている。


このように沖縄の祖国復帰に伴ってオリオンビールはきびしい環境におかれることになるが、同社としては先にあげたコストの引き上げ、組織改革、品質向上によりある程度これらの困難な事態を切りぬけることが可能とみている。

また、過去
10年間をみても県民所得の向上に伴ってビールの需要はかなりのテンポで伸びてきているが、復帰後1年目に予想されている準国体の開催、75年の沖縄国際海洋博覧会開催などによる諸外国からの観光客が予想されるため、こんごとも需要の面では期待できるとみている。

      産業新聞社「胎動する沖縄企業」より

                                      仲里嘉彦



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2012年01月22日

胎動する沖縄企業」シリーズ73

胎動する沖縄企業」シリーズ73

市町村に合併気運台頭


1971630日現在沖縄の市町村は9739村からなりこれら市町村の平均人口規模は17,184人である。

1970
81日の名護市誕生(名護町、羽地村、久志村、屋部村、屋我地村の5町村合併)および1972年本土復帰を目前にひかえ各市町村において合併の気運が急速に盛り上がっている。


すなわち宜野湾ブロック(宜野湾市、中城村、北中城村)本部ブロック(本部町、上本部村)与那原ブロック(与那原町、佐敷村、大里村、知念村)においては復帰前の合併を急いでいたが、やや予定より遅れている。またその他のブロックにおいても合併気運が盛り上がっており、政府の進めている市町村合併計画(最終的には
26町村)は復帰後早い機会に完全実施が予想される。


1970
年度の地方行政費は1,8669,000ドルで前年度より4161,000ドル・28.7%増加しているが、伸長の推移をみると1966年以降過去5カ年問で平均2.4%の驚異的な伸びとなっている。


とくに前年度から市町村行財政水準を引上げるため日本政府による財政充実費が組み込まれているのが注目される。

               産業新聞社「胎動する沖縄企業」より
                                       仲里嘉彦

posted by 春夏秋冬 at 06:40| Comment(0) | 胎動する沖縄企業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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