2021年04月08日

わが国の偉人


沖縄県の小・中・高・大学生の各年齢層はもとより、一般県民の知識の泉・わが国の政治・経済・教育・文化・科学・スポーツ・芸術など各分野のトップクラス約15,000人を網羅した日本人名事典が三省堂から発行されているが、その中からさらに厳選して紹介することにより、歴史に関する知識が豊富となり、それが人生設計の羅針盤となればという思いから11月24日より連載することにした。(50音順)



そ の 123

 池田恒興 (いけだ つねおき) 153684(天文5〜天正12)安土・桃山時代の武将。

池田恒利の子、母は織田信長の乳母養徳院。摂津国池田。名・庄三邸(勝三郎)、信輝、出家して庄入(勝入)と号す。

信長に仕え、1562(永禄5)斎藤籠興攻略にさいし功を立てる。

80(天正8)荒木一党を鼻隅(花隅)城に攻め、荒木村重没落後、信長から摂津国を宛行なわれ、池田に在城する。

82本能寺の変後、豊臣秀吉に応じ、山崎の戦に加わり明智光秀を討つ。

83銭賤ヶ岳の戦では織田信雄について功を立て大垣城を与えられる。

84秀吉と信雄が絶交したときには秀吉方につき、同年、小牧・長久手の戦いで秀吉方に加わって戦い戦死した。



              元一般社団法人・万国津梁機構 理事長仲里嘉彦

                       沖縄県浦添市屋冨祖2丁目1番9号

              TEL098−8768896 FAX0988768473

posted by 春夏秋冬 at 06:06| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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