2021年02月24日

沖縄県の著名人


沖縄県の政治・経済・社会・芸能・文化等各界の著名な人物や地名の由来、建造物、制度上の名称等について、沖縄タイムス社発行の「沖縄大百科事典」より令和3年1月16日から連載で紹介。



そ の 39


伊江島米兵発砲事件 (いえじま べいへいはっぽうじけん) 1974年(昭和49)7月10日午後6時ごろ、伊江島補助飛行場において、米兵二人が伊江島の青年(当時21歳)に向けて発砲し、全治3週間の左手首尺骨茎状突起骨折の傷を負わせた事件。

同飛行場は米兵の演習中は立入禁止になっているが、演習を実施していない時間帯は住民は牧草の採集のために立ち入ることを黙認されている。

披害者は米軍の演習終了後、牛の飼料用の草を刈るついでに落下している薬きょうを拾う目的で補助飛行場に入ったところ、二人に100mほど追いまわされ、約7m背後の至近距離から口径83.8mmの信号用銃で撃たれた。

この事件の事案は単純であるが、犯人の米兵らにたいする第1次裁判権の行使について、日米両国間で見解が対立したため政治的な問題に発展した。

「日米地位協定」「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」1960.623)は、合衆国軍隊の公務中の作為または不作為から生ずる罪については、米国が第1次の裁判権を行使する権利を有することを定めている(同協定173a)。

しかし、公務の意義については日本の裁判所は<単に公務に従事している勤務時間中という意味でなく、公務執行中の過程においてという意味>と狭く解しているのにたいし、米国は<任務の遂行に付随する行為もふくむ>と広く解している。

このように日米両国の見解は対立しているが、この事件では日本が第1次裁判権を放棄し、米兵らほ米軍側で裁判された。翌年57日に発表された米軍側の処罰内容では、両人とも減給が科せられ、そのご米本国に転勤したことになっている。

参・垣花豊順「合衆国統一軍事裁判法典15条に関する一考察」(1975)。→米軍人・軍属の犯罪 



               元一般社団法人・万国津梁機構 理事長仲里嘉彦

                       沖縄県浦添市屋冨祖2丁目1番−9

               TEL098−8768896 FAX0988768473

posted by 春夏秋冬 at 06:26| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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