2021年02月22日

沖縄県の著名人



沖縄県の政治・経済・社会・芸能・文化等各界の著名な人物や地名の由来、建造物、制度上の名称等について、沖縄タイムス社発行の「沖縄大百科事典」より令和3年1月16日から連載で紹介。



そ の 37


伊江島飛行場 いえじまひこうじょう) 1943年(昭和18)夏、南方戦線の後方航空基地に位置づけられた沖縄諸島で本格的な飛行場建設が始まった。

なかでも伊江島の飛行場は規模、機能ともに極東一を誇り、44年春の第32軍の編成以後は建設工事に拍車がかかった。

主力部隊の第50飛行場大隊(隊長田村大尉、310人)のほかに国頭(くにがみ)地区の防衛召集をもって第502特設警備工兵隊(約800人)を編成、さらに同地区から徴用人夫や勤労奉仕隊を動員、平均3,000人以上の人力をもって453月までに東・中飛行場を完成させた。しかし米軍来攻直前の310日、軍は同飛行場が敵手におちることを恐れて、自ら破壊せざるをえなかった。

421日、伊江島を占領した米軍はただちに同飛行場を整備し、510日までには本土攻撃の航空基地として使用した。

戦後になっても同飛行場は米空軍の演習用補助飛行場として利用されている。

その後、海洋博に間に合わせて一部は民間空港(第3種)として開港(1975)したが、米空軍の訓練空域にあるため運航制限が厳しく、現在は閉鎖状態である。

なお、第16回日米安保協議委員会(19768・)で移設を条件に全面返還が合意されているが、代替地の問題があって棚上げになづている。→伊江島の戦闘,伊江島防衛隊



               元一般社団法人・万国津梁機構 理事長仲里嘉彦

                       沖縄県浦添市屋冨祖2丁目1番−9

               TEL098−8768896 FAX0988768473

posted by 春夏秋冬 at 06:32| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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