2021年01月17日

わが国の偉人


沖縄県の小・中・高・大学生の各年齢層はもとより、一般県民の知識の泉・わが国の政治・経済・教育・文化・科学・スポーツ・芸術など各分野のトップクラス約15,000人を網羅した日本人名事典が三省堂から発行されているが、その中からさらに厳選して紹介することにより、歴史に関する知識が豊富となり、それが人生設計の羅針盤となればという思いから11月24日より連載することにした。(50音順)



そ の 55


足利義教 (あしかが よしのり) 13941441(応永1〜嘉吉1)室町幕府6代将軍。足利義満の子。義持の弟、母は藤原慶子。出家して青蓮院義円、還俗してはじめ義宣、のち義教と改名。

1428(成長1)前将軍義持が没して嗣子がないため、幕府宿将らは石清水八幡宮神前で次期将軍候補者について鬮(くじ)を取り、義円(義教)を選ぶ。還俗して ’29(永享1)征夷大将軍となる。

将軍権力の強化につとめ、守護家の相続問題に介入し、一部武将を誅伐、また公家にも干渉するなど専制政治を行い、公武から恐怖された。

永享の乱(143839)に際し、上杉憲実を援け足利持氏を倒したが、翌’40一色義貫・土岐持頼を殺したことから、赤松満祐の不安とうらみをかい、’41(嘉吉1)満祐邸で暗殺された。(嘉吉の乱)。増太政大臣。 戒名は普広院殿善山道惠。


               元一般社団法人・万国津梁機構 理事長仲里嘉彦

                       沖縄県浦添市屋冨祖2丁目1番−9

               TEL098−8768896 FAX0988768473

posted by 春夏秋冬 at 05:38| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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