2020年09月18日

2050年北部圏域人口50万人の田園都市建設構想





2050年北部圏域人口50

万人の田園都市建設構想

                              (その11)


⑸ スイスのレマン湖をモデルとした

リゾート開発を

                                        

                                        橋本榮一VS仲里嘉彦

 ―― 橋本相談役には、昭和48年のオイルショック直後に、三井物産会長として来沖されましたときに、那覇東急ホテルにおいてインタビューに応じて頂きましてから、20年が経過しようとしておりますが、その当時のことが私の印象に鮮明に残っております。それは復帰直後という沖縄の経済が混沌としている時期でありまして、沖縄の将来の方向がまだ定まっていない状況にありました。橋本相談役はそのときに、沖縄のすばらしい海などの自然空間を生かした観光振興を図って行くべきだという提言をされました。その中で、スイスのレマン湖みたいに自然景観を生かしたリゾート開発を推進すべきであるというお話をして頂きましたのもつい最近のように思われてなりません。

しかし、橋本相談役が20年近くも前におっしゃったことが、現在においても大きな課題となっておりますことを想起致しますと、先行の見通しにつきましては、的確な判断をされたものと警嘆している次第であります。

 そこで本日は、当時を回想して頂きながら、ここに改めて沖縄についての想い出や、今後の沖縄に対する方向について、橋本相談役のお話をお伺いして、沖縄の将来の指針になればと思っておりますので、当時沖縄を訪問されたねらいや、その目的等から順次話題を展開して頂きたいと思います。

 橋本相談役 沖縄県が、27年間の異民族支配体制から開放されまして、昭和47年5月15日に、祖国復帰が実現したわけでありますが、復帰そのものは、これまでの閉鎖経済から開放経済体制へ移行することになりますので、私としては、沖縄への新しいビジネスチャンスがないものかということで沖縄に行ったわけです。

 それから沖縄県においては、復帰記念事業の一環として、「海その望ましい未来」をテーマとした沖縄国際海洋博覧会が、昭和50年に開催されることになっておりまして、私ども三井グループが提唱した本部半島において、開催されることがすでに決定、三井グループとしても、三井館を出展することが決まっておりましたので、それらの現地視察等の目的もあったわけです。

 私が沖縄に降り立った第一の印象は、何とすばらしい景色の海だろうと思ったわけです。

私は、それまで年に何回も海外旅行をやっておりまして、その頃すでに世界60ヶ国ぐらい視察をしておりましたが、その中でもスイスのレマン湖に匹敵するぐらいのすばらしい景色だという感じを持ったわけです。

 本土にも、景色の大変すばらしいところがいたるところにありますが、沖縄のように、海の景色のすばらしいところは、本土にはまずないと思ったわけです。

 沖縄の海の景色があまりにもすばらしく、とくに今帰仁村の運天港のある羽地内海は、大変すばらしいところでありましたので、そこに土地を買い求めて、家をつくろうと思いまして、交渉をしたんですが、ハブがいるということで、それをやめたんですよ。私はヘビが大嫌いで、坪5,000円という安い地価でありましたが、ヘビがいるということで断ったんです。

 それから2つ目は、中南部を視察して感じましたことは、水資源が乏しいという感じを受けました。水がないところには、工業などの産業の立地は困難であると思ったわけです。

 従って、沖縄の経済振興を図るためには、観光産業を振興することがよいのではないかという感じを持ったわけです。とくに、中南部地区においては、CTSなどの石油貯蔵基地がかなり立地しておりましたので、あの施設は観光振興を図っていく上で大変災いだったわけですね。

               元一般社団法人・万国津梁機構 理事長仲里嘉彦

posted by 春夏秋冬 at 10:48| Comment(0) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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