2015年01月30日

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン


第6章 日米地位協定の全面改定の早期実現を

     その7


暫く日比谷公園を散策したあと、午後5時に約束をしていた帝国ホテルのラウンジに戻った。


帝国ホテルでお逢いする方は、当初は産業新聞の大先輩である経済評論家の長谷川慶太郎先生に、産業新聞前社長の亀尾氏、産業新聞の先輩村松俊雄氏、それに外務省出身のジャイカ理事で沖縄国際センター初代所長であった小澤大二氏、それに沖縄で知り合った鉄道コンサルタント社長の阿部氏がご一緒するはずであったが、大阪への出張や、体調不良等で結局帝国ホテルに集まったのは小澤大二氏、村松氏、阿部氏と筆者の4人であった。


5時から7時まで懇談したが、阿部氏は都合があって6時30分に帰られた。


それから19時半、日比谷公園内にある松本楼の3階で小澤氏、村松氏、筆者の3人でフランス料理を堪能しながら、話が尽きなかった。とうとう支配人から今日は時間でございますから、まず会計を先に済ましてくださいといわれ、会計を済ましても話はつづいたが、暫くして両氏と別れ、松本楼から直行して永田町にある宿舎の全国町村会館についたのは午後11時ちょっと前であった。


部屋は16階建ての最上階で、しかも道路に面した角で最もロケーションがよく、真下は自民党本部の屋上が見えた。


そして風呂に入り、部屋の冷蔵庫にあるコーヒーを一本出して飲み、ベットに横になったが、なかなか明日のスケジュールのことなどの考えごとで眠れず、睡眠は1時間ぐらいで、朝を迎えた。


24日、島尻あい子参議院議員の紹介で内閣府官僚と逢うことになっているが、時間はまだセットされていないこともあり、ひとまず参議院会館に足を運ぶことにした。


実は筆者が、参議院会館をはじめて訪ねたのは、昭和57年に、稲嶺一郎先生が参議院議員時代に2、3度訪ねたことがあり、実にあれから約30年ぶりである。


(仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン「第6章」より)

posted by 春夏秋冬 at 07:33| Comment(0) | 仲里グランドデザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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