2014年12月08日

壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その604

壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その604


 吉田 その科学技術や農業、教育、文化についてもその元になっているが、その辺についてもあまり解明されていない。尚益王が三ツ口であったがために、進貢便に高嶺明徳が渡って麻酔の技術を学び、その技術でもって三ツ口をなおしたという歴史があるんですよ。


それに華岡青洲の伝記をみるとその100年前にすでに麻酔の技術はあったわけです。


高嶺明達の祖先にあたる方が高嶺明徳ですよ。そのようなことについて何も解明されていない。


その時代を想い出してみると、沖縄というのは大変おもしろい位置を占めている。


例えば明治時代の薩摩の財政というものは、沖縄が海外貿易によって得たもの全部収奪した。


それから薩摩は海軍が強かったでしょう。あれは沖縄を通じて外国の船の技術や船を購入した。


明治維新のことを考えると沖縄に最敬礼すべしと鹿児島の人々が言うんですよね。


そういった時代を考えてみると14世紀から16世紀にかけて沖縄は黄金時代ですよ。


そのような時代がもう一度来るかどうかを僕は期待している。


それは国や沖縄県の努力次第だと思っている。

第2期黄金時代が来る可能性は十分あるとみている。

西銘知事は是非やってほしいと思っている。


沖縄返還の時に山野さん達がつくった要綱の中に日本の南の玄関に位置すると規定したでしょう。


あれをもう一度思い返して、南北間題を取り扱うと南の北である。


東京のシツポではないと理解していくと今まで想いつかなかったことが想いつくんじゃないかと考えている。


ソフト、ハードの面でケンカしながら第3次振計を僕はやってほしいと思う。


(平成91025()春夏秋冬社発行の「壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像」より)

posted by 春夏秋冬 at 07:19| Comment(0) | 壮大なる沖縄ロマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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