2014年12月05日

壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その603

壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その603



 司会 それから発想の転換という話も出ましたが、これは15世紀から16世紀にかけて沖縄が南方との交易によって繁栄した輝かしい歴史を蘇らさせて行く必要があると判断を致しております。


去る4月17日にはわが国では9番目の国際センターが浦添市前田にオープン致しました。


それを1つの契機として昔、南方との交易によって栄えた時代を蘇さすことが必要だと思いますので、どうか吉田先生よりお話願いたいと思います。


 吉田 首里正殿にかかげられた鐘の文言について一般的に知らされていない。


沖縄内部においても知られていないことは残念なことですが、車の輪の片方を日本、片方は中国を表わし、その間に湧出する蓬来の島とあるんですよ。


舟をもって万国の架け橋となす。

異産至宝十方刺に充満すと偉そうに書いてある。


それが15世紀で、その前からつづいているんですね。

これは大阪堺や長崎の比ではない。


例えば華岡清州が麻酔を使ったと書いてあるが、その100年前にすでに沖縄では麻酔を使用した実績があるんですよ。


それからサツマイモと称しているが、あれは野囲總管が中国から沖縄に持ち帰って沖縄で栽培されたものであるし、またカンボジアからはじめて輸入して普及させたカボチャについても沖縄が最も古いわけですよ。


 それから、寺小屋時代に使われた六論衍義という本があります。


これは日本の国定教科書として使われている。あれは室鳩巣に和訳させて、それはよいということで江戸幕府が採用した。


(平成91025()春夏秋冬社発行の「壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像」より)

posted by 春夏秋冬 at 08:03| Comment(0) | 壮大なる沖縄ロマン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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