2014年09月09日

東京のさくら名所今昔 その134

東京のさくら名所今昔 その134



その管理は連邦政府の一部局であるナショナル・パーク・サービスの一部門に属する首都公園部が担当し、枯枝、病枝の剪定、化学薬品の散布が、それぞれ2回行われているという。


その保存のよさの理由について担当者との意見交換によって得た結論は、次のとおりであった(1972年、加藤書久氏)。


⑴ 管理体制の明確性。


1912年の桜の日本からの輸入以来、首都ワシントンの桜ということもあって、一貫して、連邦政府がその維持管理を行ってきたこと。


⑵ 戦争の影響。


第2次大戦中、日本国内の桜の受けた被害は大きく、管理も充分行われなかった。


しかし戦後20年もすれば、やる気さえあれば、復旧は充分に行われたはずである。


いずれにしても、ワシントンでは、一貫して保護が行われ、戦争中も中断することがなかったこと。


⑶ 観光資源として重要視。


ワシントンの桜まつりは、同市最大の年中行事の1つであり、多くの観光客を集め、市民が桜を観光資源として重要視していること。


⑷ 大気汚染の影響。


政治、観光都市であり大工場を市内、近い周辺にもたないワシントンに比べ、東京は大気汚染の度合いが大きい。


大気汚染の桜等の樹木に与える影響は研究中であるが、その影響があることは確かであろう。

この異郷の地が桜の名所として、70年にわたり世界的名声を得ていることに思いをはせて本稿の結びとする。


(相関芳郎著 東京都公園協会監修による東京のさくら名所今昔より)


今回を持ちまして終了と致します。長い間ご愛読ありがとうございました。

posted by 春夏秋冬 at 07:56| Comment(0) | 東京のさくら名所今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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