2014年02月27日

仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザインのあらまし

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザインのあらまし



第2章 南北を縦貫する鉄軌道の早期建設をその
14

モレルの提言により工部省、工部大学創立へ


わが国の鉄道建設については、日本には、その技術者がいなかったことから、イギリス人でオーストラリアやニュージーランドなどで鉄道建設に携わっていたエドモンド・モレルという技師を招聘して、わが国の鉄道建設に当ったのである。


モレルは明治3(
1870)年に日本にやってきたが、彼は鉄道技師という立場だけではなく、次々と日本政府に提言し、それが直ちに実行に移されることになった。


モレルは、新橋から横浜までの、鉄道建設途中の明治4(
1871)年、病気が原因で日本で死亡することになった。

この短い期間ではあったが、在任中に果たした最大の功績は日本における枝術行政と技術教育に関する政府に対する提言であったといわれている。


モレルの提言を基本として採択された政策は、数多くあげられる。


その第一の提言は、鉄道、道路、港湾、鉱山などの事業の建設・開発を一元的に統合し、行政組織を創設したことである。


例えば、鉄道建設を当初担当したのは、民部省と大蔵省であったが、モレルの提言により鉄道や道路、港湾などを担当する新しい組織として、工部省が明治3年
10月に設立されたのである。


第2のモレルの提言は、技術教育の早期確立に関するもので、東京または大阪に指導的な技術指導者養成のための学校の創立であった。


この提言も、工部大学校の設立となって結実した。(日本の鉄道より)


その後も、日本鉄道をはじめとする、私鉄が全国各地に設立されたが、
1905年における官営鉄道の営業キロは2,465.5キロで、私鉄5,231.3キロと、あわせて7,695.8キロとなっていたが、明治39年に17の私鉄を吸収合併して新しく国鉄が発足した。


(仲里嘉彦が描く沖縄のグランドデザイン「第2章」より)


posted by 春夏秋冬 at 07:54| Comment(0) | 仲里グランドデザイン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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