2013年08月02日

万国津梁機構 第14回定期講演会 その2

万国津梁機構 第14回定期講演会 その2


太田範雄万国津梁機構顧問


教師50人が授業放棄


CTS闘争は賛成派、反対派の両派対立が激しくなった結果、学校教育の現場にも大きな影響が出てきた。

昭和
49年(1974)5月29、離島に勤務する教職員は身の危険を感じて休校する事態にまで発展した。


前日、
28日の午後5時過ぎ、離島で勤める教師の車が帰宅途中、海中道路の平安座島の入口で賛成派の青年ら約70人に交通妨害されたのが事の発端−。


宮城小学校、桃原小学校、平安座中学校へ本島から通勤している教師
50人は 「これでは正常な教育ができない。

身の安全が保証されない。賛成派青年らの車輌の通行妨害が続く限り休校を続ける」と、
29日から授業をストップ、休校となった。


問題を重視した与那城教育委員会は、
29日午前10時から離島の教師らと打開策について話し合いを始めた。


この事件には前段があった。賛成派の青年たちは、これより先の5月
21日、22日の両日、「金武湾を守る会」が工事関係車両の運行を阻止したことや、全車両をいちいちチェックしたことに強い反発を示していたのである。賛成派の住民が強調するのはあくまで「離島苦解消」であった。

今回の教師たちの離島への通行阻止行動に対しても、「
CTS反対者は離島苦を知らない。反対するなら船で通え。海中道路を通るな」と主張していた。


離島の学校に通う教師たちの大半が、「金武湾を守る会」と歩調を合わせて反対運動していた。その結果が
29日午後、帰宅時の通行阻止行動となったのである。

離島の小中学校では、教師の帰宅時間に校門近くで数人陣取って「個人的に一対一で話し合いたい。なぜ反対するのか」などと言い寄る場面も見られた。

このため平安座小中学校の教員が沖教組中頭支部の支援を得て、守られて帰るという事態も起こった。

CTS反対派のクルマがしばしばアイスピックでパンクさせられたり、果ては家に上がり込まれ暴力を振るわれる被害も出るなど険悪化していた。


県の
CTS反対表明はあるものの、現実に着々と進むCTS建設を前に、CTS建設反対の「金武湾を守る会」は実力を行使し、いっぽう建設賛成派は工事続行を掲げて反対運動に対抗する。

こうした住民同士のいがみ合いの悪循環が続いた。

しかも一向に静まる気配はなく、エスカレートしていった。

島の狭い地域社会は分断され、親類友人の仲も悪くなるばかりだった。


学校は臨時休校


与那城村平安座島と宮城島の4つの小中学校(在席総数
798人)は月末の5月31日も実質的な臨時休校となった。

同村教育委員会が
30日夜、沖教職与勝連合分会に示した専用バスによる通勤の再収拾案が不発に終わったためで、29日から連続3日間の休校という異常な事態である。同教育委員会は「現時点でこれ以上の収拾案は出せない」とサジを投げた格好で、その後の事態の推移は県教育庁の出方にかかっていた。

同村教育委員会の収拾案は「
CTS賛成派青年団らは現場教師がバス通勤すれば問題はない」との言葉をふまえて出された。

それによると乗用車で通勤している約
40人の現場教師は同村屋慶名の与那城小学校に集まった後、教育委員会のバスに乗り継いで出勤し、帰宅時も専用バスを利用した。

ところが、現場教師らは「収拾案はその場限りのものでしかない。

教師の身の安全確保という教育行政上の本質的な問題の解決にはなり得ない」と反発。

31
日は午前8時15分から与那城小学校で与勝連合分会と津嘉山弘教育長と話し合いを持ち、収拾案の問題点を指摘した。


1 たとえ出勤時、帰宅時は問題ないにしても出張とか使用等。現在、おこなわれている家庭訪問の時はどうすればよいのか


2
 出勤はそれぞれ時間差がある。また、今後どのような方法で完全な事態への正常化へ足がかりをつけるか示されていない。


3
 これでは教師が要求している身の安全保証がなおざりにされている。


これに対し津嘉山弘教育長は「バス通勤はあくまでも、暫定的処置。いったん、臨時休校という異常な状態を解消し、教師が現場に戻って授業を始めるなかで具体的な問題の解決へ努力したい」と述べ「現在の教育委員会では当面の解決策としてこれ以上の案は出せない。

ぜひ、授業を始めてもらいたい」と要請した。

しかし、両者の主張はまったくかみ合わず、津嘉山弘教育長が「これ以上、話し合っても進展がない」と話し合いを打ち切り、その後、県の指導を仰ぐため午前
10時過ぎ県教育庁に向かった。


CTS誘致派による教師の通行阻止行動に端を発したこの事件は、3日間も与那城村離島4校が休校、社会問題に発展した。

沖教組中頭支部では
31日午後7時から与勝連合分会を開き「これ以上の教育空白は教師として、しのびがたい」との声明を発表、授業を再開することになった。


現段階で教師の身の安全は保障されないが、村教育委員の授業再開要望と教育での空白のもたらす重要性を考慮に入れ授業をおこなう。

そして今後の妨害、圧力に対しては村教育委員が責任を負うべきであると津嘉山弘村教育長に通告した。


奥田良村長は、屋慶名区長問題の激化、
CTS賛成派、反対派のあいだにはさまれ、苦悩の日々を送っていた。


与那城相の離島苦を解消して人口の流出を防止し、農業振興をはかるために三菱商事に懇願して誘致したのである。

それなのに埋め立てが完了間近になって、通行が可能になると同時に反対運動が起きてしまった。対立抗争の渦巻くなかで、村の要請を受けてこの事業をスタートした三菱商事も困惑していた。

posted by 春夏秋冬 at 07:16| Comment(0) | 万国津梁機構講演会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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