2012年05月18日

沖縄の経済振興に協力する本土企業その102

沖縄の経済振興に協力する本土企業その102


関西汽船株式会社那覇支店


所在地 沖縄県那覇市西2−1−1

   支店長 佐 藤   明

関西汽船は,大阪商船,摂陽商船,宇和島運輸,尼崎汽船部,土佐商船,阿波国共同汽船,住友鉱業の
7社は太平洋戦争の突入直後の昭和175月,内海航路の一元化という国家的要請をうけて創立された。


同社では,創業と同時に継承した大部分の船舶が国家使用となり,その大半を戦時に失って終戦となった。


戦後は,またきびしい占領管理の下におかれ,戦時補償の打切りなどもあって苦難の道をたどった。


昭和
214月に瀬戸内海航路の自営を開始し,戦後の混乱期にあって種々の悪条件を克服して,航路および船舶を整備増強し,瀬戸内海航路を交通,観光の要路として育成開発するとともに,内海,沿海に貨物航路を開設し,また近海の貨客航路および外国航路にも進出する体制を整えた。


昭和
254月のGHQ指令により,同年8月邦船5社に対し,沖縄一阪神航路の開設が許可され,運賃同盟が結成された。


関西汽船は,昭和
26710日,運貸同盟に加入し,71日建新興丸が第1船として就航した。


261014日来襲のルース台風により,当時,同航路に就航中の白竜丸(商船),金星丸(山下)の2隻は慶良間列島において,白山丸(日本海)は鹿児島においてそれぞれ遭難(座礁)事故を生じ就航不能となり,また白雲丸(商船)は引揚者の輸送に従事していたが,同盟各社協議の上,とくに船客輸送対策として関西汽船を早急に配船するよう要請をうけた。


2611月大阪一沖縄線は,阪神一琉球急行線と改称(26111日)して貨客定期を実施し,改装した黒潮丸が就航(月間3便)した。


その後改装を完了した那智丸を加え,
2隻が就航して月間6便となり,阪神,名瀬間は内地航路免許となった。


なお,黒潮丸は,当初鹿児島折返し運航であったが,その後定期を
1部改定し鹿児島を不寄港として大阪まで追航した。


関西汽船は,現在阪神一那覇航路に
5,000トンの黒潮丸を5日,1往復で就航している。


また,そのほか沖之島丸(
3,000トン)が週1往復で月間1万名を輸送している。


関西汽船としては,沖之島丸の代船として現在建造中である若潮丸(
5,500トン―定員1,280名)を今年7月から就航させる。


関西汽船は,現在運輸省に対し東京一沖縄間の新規航路の申請をしているが運輸省よりの許可のおりしだい同航路に就航の予定である。


現在東京一沖縄間には琉球海運,大島運輸が就航しているが,関西汽船の就航が実現すると
3社が東京一沖縄間に配船することになる。


なお,関西汽船としては,昭和
50年に開催される海洋博までの期間沖縄への観光客は,急激に増加するとの判断から海上輸送面の強化策を打ちたてている。


その一環としてすすめているのが現在の沖之島丸(定員
800名)に変って今年7月から登場する1,280名定員の若潮丸であり,また運輸省の許可のもとに新規航路として就航する東京一沖縄航路であり,海洋博開催期間においては大型クルーザのチャーターを含めた輸送対策を練っている。


本 社 大阪市北区宗是町
1

資本金 36億円 従業員 2,081

(沖縄産業経済新聞社社長仲里嘉彦)


posted by 春夏秋冬 at 06:49| Comment(0) | 沖縄の経済振興に協力する本土企業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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