2012年04月24日

仲里嘉彦の自叙伝〔わが恩師〕小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その115)

仲里嘉彦理事長


仲里嘉彦の自叙伝


〔わ  が  恩  師〕


小さき胸に抱きしデッカイ夢 (その
115



稲嶺一郎先生の長期にわたるインタビューは、先生が平成元年6月
19日に死去されたため、中断を余儀なくされ、未完成に終わったことはかえすがえすも残念なことであるが、先生がご存命なら恐らく上・中・下巻ぐらいの本の出版も実現できたのに、先生の頭の中に蓄積された知恵を世にすべきを引き出すことができず、悔いの残ることである。

今となっては天国から沖縄の行く末を見守って頂きたい思いだけである。


そこで、時系列が逆になって読者には大変申し訳なく思っておりますが、このわが恩師、「小さな胸に抱きしデッカイ夢」を本として出版する暁は、前後を入れ替えて再編集致しますので、今回は、昭和
61年5月号の座談会、「国際観光都市をめざす沖縄県」と昭和62年3月号の座談会「国際交流の現状の実態から21世紀を展望する」と順次掲載することと致しますので、ご愛読頂きますようお願い申し上げます。


国際観光都市をめざす沖縄県


国際観光モデル地域指定で弾み


座 談 会 出 席 者


稲嶺 一郎 アセアン協会会長


饒波 正之 沖縄県観光文化局長


國場幸一郎 沖縄県観光連盟副会長


司   会 鰹t夏秋冬社社長仲里嘉彦


わが沖縄県は、今年から国の国際モデル指定を受けたのを機に、いよいよ本格的な国際観光に積極的に取り組む気運が到来したといってよいであろう。


光はよく水ものと言われるように、観光客の多様化したニーズに絶えず対応する細心の気配りと国際的な規模での観光レクリエーションの場を形成していくための英知を結集して、行政はもとより民間活力を積極的に活用していくことが必要である。


わが沖縄県の観光も
200万人達成までこぎつけることが出来たが、観光収入の面においてもやっと1,000億円の大台を突破することに成功したが、さらに」観光産業を振興するためには、幾多のハードルを乗り越えて行かなければいけない課題も山積しているが、これらの課題をいかようにして解決していくか、真剣に議論を展開していくことが重要なことであるように思う。


わが国においてかつて全国的な観光地として繁栄していた地域が、かつての面影もなく衰微している地域に気儘な観光客は寄りつこうとしない。


かつて新婚のメッカ―として、また、一般観光地として脚光を浴びてきた宮崎県も現在では、閑古鳥が鳴いているという状況である。

ある宮崎県からの観光に来た方の話では、全国的な観光ブームの時期に収益性の低い修学旅行生を締め出したことがあって、しっぺ返しが
今来ているんだと吐き捨てるように話していたことが脳裏を離れない。


そして今後においても宮崎県の観光を振興して行こうという気運の盛り上がりを感じないことを3月の取材旅行を通じて感じたことである。


わが沖縄県の今後の観光を考える場合に、最も重要なことはハード面における開発整備はもとより、ソフト面における充実に一段と配慮していくことが、極めて重要なことであるといえるであろう。

そして現在の観光開発は、個々の企業がそれぞれの構想で計画された地域に点在する形を取っているが、沖縄の持つ自然条件をフルに活用した形で生かして行くためには、その地域にあった拠点開発方式を積極的に導入し、面開発を志向すべきであろう。


そして地元資本だけによる観光開発にこだわらず、本土大手資本をはじめ、広く海外の有力資本の進出も受け入れて、開かれた沖縄というマインドを打ち出してはじめて、国際的観光地づくりは成功すると思われる。


これから沖縄観光が飛躍的な発展を期するためには、座談会においても指摘しているように、農業基盤整備や山地開発等による海岸への赤土流出による汚染を防止するための県条例制定等の対策を早急に打ち出すことである。


そして県民一人一人が、われわれの先祖が築いた守礼の邦としての精神を現在に呼び戻していくことが、観光客に対しての最大のサービスであり、そのことが最も要求されているように思う。


正に温故知新の精神で、パラダイス沖縄を演出することこそが、沖縄県の繁栄の道であると信じる次第である。どうかごゆるりと座談会に読者の皆様をご案内申し上げる。

仲里嘉彦



posted by 春夏秋冬 at 07:08| Comment(0) | 仲里嘉彦の自叙伝 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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