2014年06月19日

東京のさくら名所今昔 その78

東京のさくら名所今昔 その78



昭和に入ってから、桜が一部の国粋主義者や軍部によって、悪用された記憶は、未だに生々しいものがある。

ついに太平洋戦争にまで拡大し、自他ともに甚大な災禍を及ぼしたが、彼らにとっての桜は「愛国の花」であり、その散りぎわのいさぎよさが、盛んに喧伝教育されたものであった。

悪夢の時代である。

次いで平和を回復して以来の桜を待っていたのは、高度成長にともなう都市の過密化や公害発生による、生育不良あるいは市街地からの退去である。


上古のむかしから日本人に最も親しまれ愛されてきた桜を、従前通り身近かで楽しむためには、やはり環境の浄化と適地への植栽さらには愛護の精神であろう。


(相関芳郎著 東京都公園協会監修による東京のさくら名所今昔より)

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壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その500

壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その500



 高橋先生 ひと頃はアメリカでガタガタやっていることについては、関係ないとか、中国で何があってもそれは中国の話だという感じがなきにしもあらずであったんですが、今はそうではございません。

世界全体がシンクロナイズされておりまして、油断もスキもならないという時代になってきているのは事実でございます。


最近では、皆さんもよくお聞きになりますように、ボーダレスの時代社会だとよくいうわけでございます。


国境がなくなってしまったんだということでございます。


恐らく国境がなくなったビジネスというのは、金融でございます。


その次に国境がなくなっているというのが、貿易であるとか、民間の経済活動でございます。


最も国境をかかえているのが、行政でございます。


そういったことから民間経済活動は非常に活発だけれども、行政の方が現実の動きへの対応が遅れているのではないかと、ちらほら聞こえてくるのは、そういうことだろうということであります。


実はもう1つなくなったものがあります。


何がなくなったかと申し上げますと、夜がなくなったわけであります。


地球全体をみましても、昔は夜はあまり経済活動をやっていなかったわけでありますが、現在では夜も経済活動は活発であります。


ニューヨークではじまりましても、ロンドンではじまりましても、それぞれのマーケットが閉るころには、次のマーケットが開いておりまして、世界中マーケットが開かれている状況でございます。


(平成91025()春夏秋冬社発行の「壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像」より)

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2014年06月18日

東京のさくら名所今昔 その77

東京のさくら名所今昔 その77



しかし、大名旗本の上地分散や寺社の改革などは、いわゆる名木や珍種を少なからず、絶滅に追いこんでしまっている。

明治以降の花見が江戸時代のそれと著しく異なるのは、新時代に入ってから早々に染井吉野桜が現れたことといえよう。

今日でも知れるように、それは、従来の山桜とちがって、より早く華麗な花を満開させる。

また繁殖が容易であり、生長も早いことも長所といえよう。

この桜の出現により、たちまち従来の桜をしのいで、急速に各地に蔓延していった。

それはあたかも洋風文化を迎合するのに吸々としていた、当時の新しがり屋的気風によるものもあったかもしれない。

したがって以後の花見とは、たいていはこの人気の集中した染井吉野の観賞と考えるのが、最も一般のこととなっていった。


そして樹齢の点で遥かに長く、また趣きも深い在来の山桜などは、しだいに名所から姿を消していくのである。


(相関芳郎著 東京都公園協会監修による東京のさくら名所今昔より)

posted by 春夏秋冬 at 06:44| Comment(0) | 東京のさくら名所今昔 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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