壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像 その505
高橋先生 日本においては東京で考えたことを、北海道でもやっておりますし、沖縄でもやっております。
また小関さんの故郷の山形でも、また私の出身地の岡山でもそうです。
それをヨーロッパで考えますと、西ドイツのボン当りで考えたことを沖縄でやろうということになりますと、イタリアの南で適用するということになるかも知れません。
北海道をヨーロッパに置き変えると、西ドイツで考えていたことをスウェーデンでやろうということであります。
たしかに1992年にはヨーロッパは1つになりますが、そのような発想にふざけるなということになるかも知れません。
実は私がここで何を申し上げたいかといいますと、3,500キロメートルの日本の北半分と南半分は文化構造がちがうんじゃないだろうか、あるいは自然環境がちがうんじゃないかと思っているわけです。
文化構造や自然環境がちがうと、当然ものの考え方もちがってくるし、生活の仕方もちがってくるわけです。
いろいろと議論されております地域特性もちがうはずであります。
日本の場合、北半分は内陸型の文化圏でありまして、要するに陸地をベースにしていろいろ考えているわけであります。
それから南の半分は、どちらかと言いますと海洋型社会でありまして、海をベースにして物事を考えようという意識が強いわけであります。
ところが、鹿児島や沖縄県においても海洋型の文化圏といいますか、海洋型の社会構造をもっているにもかかわらず、内陸型の東京で考えていたことを海洋型の社会構造を持っているところに当てはめるということは、多少無理なことではないかと思っているわけであります。
例えば、住宅公庫で融資する場合の基準があるわけでございますが、沖縄で住宅を建築する場合に最適であるかどうか、またその逆の場合もあるわけでございます。
(平成9年10月25日(株)春夏秋冬社発行の「壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像」より)