2014年04月24日

壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その458

壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その458



 ―― 敗戦から47年、復帰してから20年という節目を迎え今日、国においては、21世紀を視野に入れた第3次沖縄振興開発計画も県の要望の殆どを取り入れてスタートしておりますが、その計画期間内に県民の努力と国のご支援を頂ければ、かならずやすばらしい沖縄の未来が開けてくるものと私は期待しているところであります。

復帰からこの20年間に、沖縄振興開発特別措置法に基づく第1次および第2次の沖縄振興開発計画により、各面にわたる社会資本の整備は一段と進展し、経済的にも精神的にもある程度、余裕も生まれ、これから来世紀に向けてどうしようかというゆとりを持つことが出来るようになりましたのも、国の財政的支援があったからであり、また、県民の努力があったからだと思うわけです。


このような経済的にも精神的にもある程度、余裕を持つことができるようになった時期に、今次の大戦によって失われた偉大な先祖が築いた首里城が復元されることの意義は、はかり知れないものがあると思います。


それは123万沖縄県民のみならず、わが国の文化遺産として世界にも誇れる財産であるとしても過言ではないと思います。


今後は国営公園として、また、その周辺を県営公園としてひきつづき整備されることになっておりますが、さらに、又吉先生から先程もお話がありましたように、沖縄には200以上のグスクがあるということですので、それぞれのグスクの復元に向けてのインパクトも首里城復元は大きなはずみをもたせてくれるものと期待をしているところであります。


全国各地にある城は、敵から身をまもる城壁をつくっておりますのに対し、首里城は武器を持たない平和な王府の政務の場であり、国民生活を支配する中枢の場でもあったわけです。


そのような意味においては、平和の象徴が首里城であったといえるわけですから、そのことを全国にPRするとともに、世界に広く知らせ国際親善、国際交流の拠点として位置づけることが出来ると思っておりますが、その辺で又吉先生からお話を頂きたいと思います。


(平成91025()春夏秋冬社発行の「壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像」より)

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2014年04月23日

東京のさくら名所今昔 その35

東京のさくら名所今昔 その35



清水観音堂の南

1 飛鳥山の見合桜古木の花さかりなり、山さくらの類

1 糸桜落花して青葉のことし

1 酔色ありて蘂細なる花多し


1 白桜上に見へしにおなじ、匂ひ殊に探し

1 蘂紅にして花大きなるもあり

(次いで清水御供所内の「秋色桜」に及んでいるが、その項で記す)。


さて明治維新の変革によって、葵は枯れ、菊が栄えるという新しい時代を迎えた上野も、戊辰の役でここだけは兵火のため、多くの堂宇とともに桜も被害をうけてしまった。

それでも慶応末年から閉鎖されていた市民の山内遊観は明治4年2月には解禁になり、廃墟の跡に茶店も立ち並び、花見が復活したという。

戦禍をのがれることができた西北部、今の動物園、東京芸大、都立美術館あたりには、江戸時代以来のヒガンザクラやシダレザクラの大木がなお健在し、また東照宮あたりにかけても、他の樹林とともに、ヤマザクラが残存できたからである。

このほかにも名桜と呼ばれるものが点々と山内各所に見られたという。

明治6年には上野公園とよばれることになり、あらたに府の管理をうけることになった。


花見はその後も例年行われたが、23年には帝室御料地とかわっている。


(相関芳郎著 東京都公園協会監修による東京のさくら名所今昔より)

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壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その457

壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像    その457



 呉屋会長 また、首里城の中核的な施設である正殿等の建築物の復元手法が検討された結果、昭和61年には、首里城公園計画区域約18ヘクタールのうち、城郭内側の区域約4ヘクタールを沖縄復帰を記念する国の都市公園整備事業(国営沖縄記念公園首里城地区)で復元整備することが閣議決定され、併せて城郭外側の区域14ヘクタールを県営公園事業として、また城郭は同じく沖縄県の首里城城郭等復元整備事業として整備されることとなっております。

この度、竣工した首里城正殿、北殿、南殿に引き続き国営公園の整備が長期にわたって行われますほか、その周辺の県営公園部分としても約14ヘクタールが整備されることになっておりますので、今後共、国及び国民のご理解とご協力のもとに円滑に事業が推進され、わが沖縄県が誇る文化遺産の復元により、これから21世紀を担っていく若者にすばらしいプレゼントが出来ることを大変よろこんでいるところであります。


 ―― 17世紀初頭、1609年に島津の沖縄侵略からはじまり、明治12年の廃藩置県による琉球処分、今次の世界大戦において、わが国で唯一の地上戦が展開され、灰燼に帰した沖縄の歴史があります。


この3つの大きな流れは、県民が能動的に動いて、そういう結果を生んだということではなくて、むしろ外圧によって大きな重しが頭上におおいかぶされた状況にあったと思います。


しかし、第2次世界大戦から半世紀になろうとしている現在、ようやく県民自らの意志で21世紀を展望し、自らの責任において明るい豊かな県土づくりがはじまっていると私は思っております。


(平成91025()春夏秋冬社発行の「壮大なる沖縄ロマン・夢を追い求める群像」より)

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